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おさむ

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木刀屋日記

木刀職人の日記のコーナーです。
December 13

木刀屋の鉋台

これは、先日亡くなった私の父親の鉋台です。

こちらは、ぼやけてますが、私の使っている鉋台です。

いずれも、下端(鉋の裏側)の最もこすれる部分に補強がしてあります。

木刀屋の使う鉋台(私達は、「かなんで」と言います)は、削る相手が鉋台と同等か、それ以上の堅さのため、

こういう補強を必ず差し込みます。

父のは、黒檀が仕込んであり、私のは、台と同じ本赤樫材と黒檀材です。

いずれも、切り口が表面にくるようにしてあるため、鉋台本体より堅い材料なのです。

父の、とても良く切れる鉋台は、今は、私が仕上げ用として利用しています

大事に大事に使いたいです。

August 16

一人のカリスマが逝った

 彼は、いつも前向きであきらめることがなかった。いつの時も、直面する問題に全力で立ち向かい、
強いリーダーシップで解決へとメンバーを導いた。
 
 戦時中、海軍予科練兵だった彼は、一際秀でていたらしく、新兵の教育係を任されることもあった。
戦後は、昭和31年に移り住んだ都城市で、持ち前の行動力で地域の防犯運動、交通安全活動等に
活発に取り組み、いずれでもリーダー的存在となる。懇親の席では、自らが楽しむ彼の周りには必ず
人の輪ができ、常に人気者だった。
仕事の上でも、早くから大阪・名古屋・東京と飛び回り、都城の木刀製造を全国レベルのものとした。
木刀職人としての鉋使いの技も一際優れ、常に研究を怠らなかった。
 そんな父も、70歳を越える頃から耳が遠くなり、体調もいささか悪くなってきた。父の耳が遠くなって
からは、補聴器もつけないでいる父との会話は、ほとんど一方通行で、なかなか意思の疎通がうまく
いかなかった。お互いに誤解や行き違いの連続で、会話をすることも少なくなってしまった。
 81歳の今年4月、肺の病気で入院することになってしまった父が、8月5日病室での最後の夜、胸をさする私に、
「おまえのが一番気持ちいい!」と穏やかに微笑んでくれた。最後の最後までか細い声で「よいしょ!
よいしょ!」と、あきらめずに自分を励まし続けた強靱な精神力の持ち主でした。父が元気な頃には、
手さえ握ることもなかったが、最後は、私の腕の中で静かに息を引き取ったのでした。
 私にとっての「カリスマ」は、今、彼の地で、戦友や多くの友人と焼酎を酌み交わしているのでしょうか。
 ただ、冥福を祈るばかりです。
June 28

原文入力ようやく完了

 一昨年の12月から開始した、鍼灸の本の原文テキスト入力がようやく完了した。
江戸時代の古典を、昭和34年に再版したものらしいです。
元々の古い言葉遣いや、昭和30年代当時の旧仮名遣いが混在している上に、
鍼灸用語そのものが、現代の用語と微妙に異なっていたりと、これは非常に
(やりがいのある?)難儀な作業でした。
 私の入力作業は、原本をスキャナーでOCRして、そのデータと原本を照らし合わせ、
間違っている箇所を加筆修正する方法です。
そのデータを、依頼者の視覚障碍者に読んでもらって、最終校正となります。
今回は依頼者も校正が大変でした。現在使われていない漢字が多数あるからです。
入力不可の漢字は、データ上は「?」となっています。読みがわかっているものには、
「?」に続けて《》の中にフリガナを表記しますので、それを手かがりに、依頼者の専門的
知識を総動員して正解を推測するわけですね。
更に、読みもわからない場合がありますので、依頼者は、既に存在するテープのデータを
聴くことによって正解にたどりつきます。
一年半かけて完成したデータが、何らかの形で役に立つことを願います。
 
 
 
May 19

恒例の宮崎音楽祭

 今年のテーマは、「ウィーンの栄光」。
シャルル・デュトワ指揮、宮崎国際音楽祭管弦楽団の演奏に耳を傾けます。
 まずは、定番のモーツァルト…「フィガロの結婚・序曲」です。
弦楽器が見事なハーモニーを奏でます。目を閉じて聴いていると心地よさが
身体全体にしみわたります。さすがにモーツァルトです。
 2曲目は、ワイルの「7つの大罪」。女声一人、男声は4人のコーラスグループ、
地方ではなかなかお目にかかれない歌曲の演奏です。
特に、男声コーラス「ハドソン・シャド」の面々の、朗々とした歌声には
圧倒されました。その表現力も素晴らしいものがあります。
プログラムにドイツ語と日本語の歌詞があり、聴きながら目で追っていくという、
なかなか楽しい経験ができました。 
 最後は、マーラーの交響曲「巨人」。これはまた長い曲で、
例によって第三楽章あたりでウトウトしていたのですが、突然の大音響で
目が覚めます。第四楽章の出だし、シンバルの派手な音に驚かされました。
大音量の中で演奏する奏者も大変だろうな…と余計な心配をしながら、
ようやくフィナーレを迎えたのでした。
 
April 12

100年に一度?戦後最悪?

 鹿児島三越が閉店する…というので大売り出し目当ての妻につきあい
鹿児島へ。
数日前の桜島噴火で鹿児島市内は大量の火山灰が降った由、道路は
車が通る度に灰が舞っていました。
すれ違う車の中には、真っ白のフロントガラスにワイパーの痕が
クッキリとついたのが目立ちます。
 
いつもなら、地場の大手百貨店「山形屋」に押されっぱなしの三越ですが、
さすがに閉店セールとあって、すごい人だかりです。
あまり大した買い物はできなかったのですが、もうけものだったのが
美術品の大蔵ざらえと銘打った催し会場の、絵画の展示即売会。
なんでも、中央の三越からも絵画が集まっているらしく、6号~10号
程度の傑作が所狭しと並んでいました。
いい目の保養をさせていただきました。
 
デパートの入り口にブランド物のバッグの店があり、その前のイスに座り、
妻の買い物を待つこと数分。
ブランド物を抱えた年配の女性が、買い物に訪れます。若いお客さんは
素通りです。
戦後最悪の不況の影響は、特に若い世代に降りかかっているように
思えます。そして、更に、若い世代は将来の大きな借金まで背負わなければ
ならない…と、まぁ、こんなんでいいのでしょうかね。
私の中に具体策があるわけではありませんが、今回の巨額の財政支出には
疑問を感ぜざるを得ないのです。
March 16

エリック・ホッファーについて

 勢古浩爾氏の「白洲次郎的」という本の中に、「最も理想的なふつうの男」として、白洲次郎と共に
挙げられているのがエリック・ホッファーだ。
 彼は、ニューヨークに生まれ、7才の時に母と死別し視力も失う。15才の時に視力を回復するが、
18才で父親も亡くなり、天涯孤独となる。正規の教育をほとんど受けていない彼は、職業を転々として
波止場の日雇い労働者となる。ある時、モンテスキューの「エセー」(私の勘違いでなければ「随想録」
のこと)と出会い、思索にふけるようになった。読書と思索が彼の日課となり、いつしか「波止場の哲学者」
と呼ばれるようになった。彼の日記が「波止場日記」と題して出版され注目されたのを契機に、大学教授
に就いたり、その知性故に大学の研究所にスカウトされたりするが、一定の成果を上げた後、再び自由
な放浪生活に戻ってしまう。
 白洲次郎は、生まれも育ちもお金には苦労のない生活をしてきたに違いないが、対照的にホッファーは、
経済的には貧しい暮らしを続けてきた。この二人の人間に共通点を見いだすのはかなり難しいが、強いて
云えば、職業を転々としてきたところだろうか。その場その場でおのれの信条に忠実に、なすべき事を為し
遂げてきた…ということだろうか。
 ホッファーは、波止場の仕事を「自由と運動と閑暇と収入とがこれほど適度に調和した職業」はないと
満足していたようだ。うーーん、なんという欲のない幸せな人生であることか…。
February 11

「深い河」を読んだ

 遠藤周作と云うと、「狐狸庵先生」と呼ばれるおもしろい作家…という
くらいの認識しかなかった。
従ってこれまで一冊も読んだことがなかったが、先日、テレビであった
昔の対談番組で、河合隼雄さんとの対談を聞いて、「おやっ」と思った。
「死」への恐怖は小さい頃から持っており、キリスト教徒の過程に育った
関係で、宗教にも造詣が深いらしい。
若い頃、カトリック留学生としてフランスに渡ったが、ヨーロッパのキリスト教に
違和感を覚え、今日に至っていると云う。多くの作品の中でも、そういう
思い入れの強い一冊が晩年に書いた「深い河」であると云う。
これは、読んで見なくては…というわけで探してみたら、なんと我が家の
書棚に妻の愛読書でしっかりと収まっていた。
 
 それぞれに事情を抱えた数人の日本人が、救いを求めてインドのガンジス川を
訪れる。死者の灰を流すことで知られる聖なる川ガンジスとの関わりで、
宗教・神・死・生命…等を考えさせられる。
中でも、生粋のキリスト教徒「大津」が、ヨーロッパの教会から異端視され、
巡り巡ってここガンジスの地で、キリスト教徒でありながら、ヒンズーなどの
異教徒を世話する様は、遠藤周作自身とダブってしまう。
どの宗教であれ、共通の「神」がおり、キリスト教だけが絶対ではない…という
「大津」の思想には共感を覚えた。
昔から今もなお続く「宗教戦争」などというものは、「大津」にとってはまったく
ナンセンスなものであるのだろう。
 
書棚に並ぶ、他の遠藤周作もこれから読破したいと思う。
January 18

キリ番ゲット

 キリ番ゲット!…とは云っても、自分のホームページでの話。
1996年12月に立ち上げ、2001年からカウントしてようやく50000アクセス、
自分で達成しました(^^)。
「これからの電子出版」と題して、視覚障碍者にとっての出版に関する情報を
発信しています。もう随分前の情報になってしまい、新鮮さは薄れてきたのですが、
まだまだ問題提起という点から、あまり更新はしないままに残してあります。
 晴眼の私達が何の意識もなく得ている情報も、視覚にハンデを持っている
方々に取っては、相当な手間ひまをかけなければ得ることは困難です。
その一つの手段として、電子出版があります。
CD等の電子出版は、晴眼の私達にとっても便利なものですが、
パソコンやCDなどこういう先端技術は、ハンデを持った方々のためにこそ
役に立つものでなければなりません。
視覚や聴覚や身体等、ハンデを負った人々のそのハンデを補うことができるよう、
ますます便利な機器やソフトが開発されますよう
これからも応援し続けます。
 
 
December 31

デジタルからアナログへ

 年賀状をようやく書き上げた。
一昨年から色鉛筆画に挑戦中。一枚だけ8割方描き、スキャナーで読み込み、
すべての賀状に印刷する。その後、すべての賀状に描き残しの手を入れている。
昨年、受け取った方から「手書きの年賀状ってすごい!」と返事をいただき、
こりゃあ続けなきゃ…と張り切っている次第だ。
数年前まではご多分に漏れずデジタル一辺倒だったけど、それもいつの間にか
飽きてしまい、どうしたもんかと思っていたところ、本屋さんで色鉛筆画の本を発見。
なかなかいける!と、自己流で始めてしまった。
油絵の教室に通っていた頃もそうだったけど、絵の構想を考えたり、描き始めると、
もうその中の世界に浸りきって、頭の中の余計な事柄が空っぽになってしまう。
この悩み多き世の中で、とても良いストレス解消になる。
今回のテーマは、万両の赤い実。
平成21年が実り多き年になりますように…との願いを込めて。
 
December 21

ストレス解消

こう景気が悪いと、なかなかいい話題もありませんが…。
 
昨夜は、友人宅で忘年会でした。景気の話はナシ!ということで楽しいひとときです。
昔、趣味のカヌーでお世話になった方の名前をなかなか思い出せない…、顔は鮮明に
浮かんでいるのだけれど…、これってもしかして「アレ」の前兆なんでしょうかね。
今朝、起きた途端に名前思い出しました。
どうやって気をつけたらいいのかわからないけれど、進行しないよう気をつけなくては…。
 
仕事抜きの会なので、話題もいろいろ。
持ち込んだワインや泡盛、果ては「どぶろく」の話。
ワインのカビから、粘菌に飛躍して南方熊楠の話。
例の自衛隊幕僚長への賛否の議論。
だれかが持ってきた鹿肉ゲットの真偽の話。
ラジコンヘリの操縦の話、共通の友人の消息…などなど。
久々にストレス解消の時間が持てました。